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神戸地方裁判所 昭和51年(ヨ)140号 決定

債権者 蒲田石松 外三名

債務者 関西弘済整備株式会社

主文

本件各申請を却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

理由

一、債権者らは、「債務者は債権者らに対し別表(一)記載の各金員および昭和五一年三月以降毎月二五日限り別表(二)記載の各金員を仮に支払え。申請費用は債務者の負担とする。」との裁判を求め、その理由とするところは次のとおりである。

(被保全権利)

1  債務者は、国鉄の駅、車両の整備や清掃等を行う会社であり、債権者らは債務者の従業員として、その三宮事業所に勤務し、国鉄三宮・神戸・新神戸の各駅において清掃作業等に従事している者である。

2  債権者らの勤務形態は、午前八時三〇分から翌日の午前八時三〇分までの勤務に従事した後、翌翌日の午前八時三〇分まで非番を順次繰り返し、その間に休日が月五回程度、午前八時三〇分から午後五時三〇分までの勤務が月一回程度組み入れられている。

3  債権者らの時間外および深夜労働は、次のとおりとなる。すなわち債権者らは、午前八時三〇分から午後五時三〇分まで定時勤務をした後、引き続き午後六時から翌日午前八時三〇分まで就業するので、

(一)、午後六時から翌日午前八時三〇分までの時間外労働であり、うち午後一〇時から午前五時までが深夜労働となる。

(二)、また午後六時からの勤務を新たな一労働日とすると、午前二時から午前八時三〇分までが時間外労働となり、午後一〇時から午前五時までは深夜労働となる。

4  債権者らの右時間外等勤務に対して、債務者が支給しているのは、一回について五〇〇円にすぎない。

債権者らに支給されるべき時間外、深夜手当の未払分は、次の計算のとおりである。

債権者蒲田、同岸本の基準賃金が二、八三〇円であるから、前記3(一)および(二)の場合に応じて算出すると、その金額は

(一)、2830×(1/8)×1.25×7.5+2830×(1/8)×1.5×7-(2830+500)= 3699

(二)、2830×(1/8)×1.25×3.5+2830×(1/8)×1.5×3-500 = 2638

となる。

さらに債権者皆村、同古沢の基準賃金が三、五〇〇円であるから、前記3(一)および(二)の場合に応じて算出すると、その金額は

(一)、3500×(1/8)×1.25×7.5+3500×(1/8)×1.5×7-(3500+500)= 4694

(二)、3500×(1/8)×1.25×3.5+3500×(1/8)×1.5×3-500 = 3382

となる。

債権者らは、毎月少くとも一〇回の徹夜勤務があるので、一か月あたりの未払時間外、深夜賃金の合計額は、債権者蒲田、同岸本について、三六、九九〇円もしくは二六、三八〇円、債権者皆村、同古沢につき四六、九四〇円もしくは三三、八二〇円となる。

5  よつて、債権者らは債務者に対して、前記3(一)の場合を基準として、昭和四九年三月一日から昭和五一年二月までの時間外深夜賃金として、別表(一)記載の金員、昭和五一年三月以降毎月二五日限り別表(二)記載の金員の支払を求める権利がある。

なお、債務者は関西弘済整備株式会社労働組合との間に労働協約を締結していて、これをうけて左記のとおりの「夜勤手当及び特殊手当の支払額に関する覚書」が労使間で作成されている。

(一)、二日にわたり勤務する者が二二時から五時までの間に勤務した場合は、実労三・五時間とし、一時間につき一時間当りの賃金額に〇・六を乗じた額と休憩三・五時間として一時間につき一時間当りの賃金額に〇・三二を乗じた額との合計に一〇〇円を加えた額とし、一〇円未満の端数は切上げる。

(二)、夜勤を常勤とする者(夜出)が二二時から五時までの間に勤務した場合は、実働六時間として一時間につき一時間当りの賃金額に〇・六を乗じた額と、休憩一時間として一時間当りの賃金額に〇・三二を乗じた額との合計に一〇〇円を加えた額とし、一〇円未満の端数は切上げる。

この覚書により債権者らの夜勤手当のみを計算すると、債権者蒲田、同岸本につき右(一)によると一、二四〇円、(二)によると一、四九〇円となり、債権者皆村、同古沢につき右(一)によると一、五二〇円、(二)によると一、八二〇円となる。

右協約は、労組法一七条により債権者らにも、適用され、少くとも夜勤手当として請求しうる。

(保全の必要性)

6 債権者らは、いずれも扶養家族をかかえ、賃金のみで生計を立てている高令の労働者であり、毎月一定額の賃金を現にうけているとしても、前記基準賃金額では、諸物価高騰の折から最低限度の生活を維持することも困難な状態にあることが明らかである。

(反論)

7 債務者がいう休憩時間は、必要な作業があれば、いつでも駅員の指示によつて作業に従事できるよう待機している、いわゆる手待時間であり、休養時間も列車の延着等によつて、決められた時間に労務から離れられる実情でなく、いずれも労働時間である。

8 債務者主張の昭和三九年作成の臨時傭員について基本となる就業規則つまり臨時傭員雇傭規則は労基監督署に届出されておらず、臨時雇傭者に対し周知されたことがないのであるから、成立していないというべきである。

また昭和五一年四月一日作成の臨時雇員就業規則についても、債権者らに周知されていないし、かつ、適用対象外の正社員で構成される前記労働組合の意見を聞いたのみで、適用される労働者の意見を聞いておらず、不成立ないしは無効である。

二、債務者は、主文同旨の裁判を求め、次のとおり主張した。

1  申請理由1、2は認める。

同3ないし6は争う。但し、債務者が債権者らに対し、深夜手当として一回につき五〇〇円を支給していることは認める。

2  債権者らの勤務形態は、午前八時三〇分から翌日の午前八時三〇分までの一昼夜交替勤務であつて、その後一日の非番を置くという変形勤務となつている。この一昼夜交替勤務のうち、休憩時間合計四時間、休養時間四時間があつて、実働時間は一六時間である。この変形勤務について、債務者は昭和三九年七月過ぎごろ作成届出ずみの就業規則に規定している。もつとも右就業規則は一般社員に適用されるものであるが、債権者らのような臨時傭員のために、その末尾に適用される勤務形態を付加した規定を置いている。

3  債務者は、債権者らに対して深夜手当として一回五〇〇円を支払つているが、これは債権者らのいずれも右金額を下回る深夜手当しかならないので、定額化しているのである。

4  債務者が関西弘済整備労組との間で締結した夜勤手当等の覚書に基づいて、債権者らが夜勤手当を算出しているが、債権者らは右覚書が適用される労働者と同様でなく、臨時雇員であるからこの覚書の拡張的適用をうけない。しかも、債務者は深夜手当を定額にして、右労組の了解の下に算出基礎となる賃金額を昭和四八年四月現在のものに据え置いているので、労基法所定の〇・二五とほぼ等しくなる。従つて債権者らのみ現行賃金を基礎として夜勤手当を右覚書により算出することはできない。

三、当裁判所の判断

1  申請理由1、2の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、債権者らの勤務形態が、その主張どおりの時間外労働にあたるか否かを検討する。

(一)  疎明資料によると、債権者らの勤務形態である一昼夜交替勤務は、二四時間の間に勤務駅により異るが、午前一時から午前六時までの間に四時間の仮眠休憩時間と数回に分けて合計四時間の休憩時間があつて、実労働時間が一六時間となつていること、昭和三九年七月一日作成、昭和四五年八月二〇日変更の債務者臨時傭員雇傭規則は、現場勤務者の勤務時間について、一日実労働時間を八時間とし、但書として業務上必要ある場合は四週間を平均して一週間の実労働時間四八時間を超えない場合に限り、特定の日に八時間を超えまたは特定の週に四八時間を超えて勤務させることがあると規定していること、さらに同日作成の債務者社員就業規則末尾添付の細則には、右就業規則および臨時傭員雇傭規則をうけて、債務者三宮営業所に勤務する臨時傭員を含む従業員の勤務時間について、一昼夜交替勤務者は駅舎、気動車、客車の清掃業務に従事し、勤務時間は午前八時半から翌日午前八時半まで、その間休憩時間として午後〇時から同一時まで、午後三時から同四〇分まで、午後五時から同五〇分まで、午後八時から同三〇分まで、午前六時五〇分から同七時五〇分まで合計四時間、この外午前〇時から同四時までの夜間休憩時間を規定していること、さらに昭和五一年四月一日作成の臨時雇員就業規則には、一交勤務と称して始業から終業まで二四時間内に実働一六時間、休憩休養各四時間等を明確にした規定をしていることがそれぞれ認められる。

ところで労基法三二条一項によると、労働時間を一日八時間、一週四八時間を原則としているが、同条二項において例外として、就業規則に四週間を平均して一週四八時間の労働時間とする旨規定した場合に、特定日に八時間を超え、特定の週に四八時間を超える労働をさせるいわゆる変形労働時間制を認めている。債務者が採用している一昼夜交替勤務は右変形労働時間制であつて、就業規則にあたる臨時傭員雇傭規則と細則とを合せると、これを明記していること、細則で定める休憩時間帯と実際の休憩時間帯が若干異つているが合計時間はいずれも同じであり、最近作成の就業規則にもこれを明記されていて一応時間外労働とはならないものと考えられる。

(二)  もつとも債権者らは、債務者が定めている休憩時間がいわゆる手待時間であり、夜間休憩(仮眠)時間も拘束時間で、いずれも労働時間であるという。手待時間というのは、次の仕事に就くまで待機している時間で、仕事から離脱した状態にないから、労働から離れることが保障されている休憩時間と異り、単に外形からでなくその職場の実態から判断しなければならない。債権者らが、休憩時間中に職場を離れたことをとがめられたこと、あるいは列車の遅延のため作業ダイヤが変り休憩時間にくいこんで仕事をした場合、代りの休憩時間が与えられなかつたことを具体的に特定して疎明すべきであり、これらを手待時間であると認めるに足りる疎明が十分でなく、逆に休憩時間として一昼夜に合計八時間付与されているとする疎明資料も多くあり、たやすく債権者らの主張を認めることができない。

(三)  さらに債権者らは、債務者作成の臨時傭員雇傭規則が、労基監督署に届出がなく、しかも臨時傭員に周知されていない旨主張する。なるほど右規則は臨時傭員に対する就業規則であり、これが管轄労基監督署に届出がなされた疎明資料がない。しかし前記社員就業規則末尾に添付されている細則は、右就業規則と共に昭和三九年一〇月二九日神戸東労基監督署に届け出ている。従つて勤務形態の基礎となるものについて届出がなく、具体的に規定した細則につき届出があるというという中途半端なものとなつている。だが就業規則は、使用者が一方的に制定するものであり、一旦定められた以上企業内における一種の法規範として、労使双方が拘束されるものであることは労基法の諸規定から明らかであつて、かかる性格からみて、労基監督署への届出要求は、単なる取締規定として設けられたものであり、届出がなくても規則の効力に影響がないものと解すべきである。従つて本件においても、雇傭規則の届出がないこと自体は問題とならない。

また周知について、債務者が右規則に関し労基法一〇六条一項所定の周知義務をつくしたと認めうる疎明資料はない。しかしながら債務者は、臨時傭員と労働契約の締結の都度、右規則に定める条件で就業する旨の書面を作成せしめるようにしていたこと、債権者らが採用された際の労働契約書の提出はないが、採用の際に営業所長等から規則や細則記載の勤務時間等について十分説明をうけていたことが疎明されているので、実質的にはこのような周知方法がなされていたということができる。ところで前記就業規則の性格からみて、周知することが効力要件と解すべきであるが、労基法一〇六号一項所定の方法でなくとも、右程度の周知方法でも差支えないものと解せられる。なお最近作成の臨時雇員就業規則に関しては、債権者らは、その内容を債務者から知らされており、ただ適用労働者側の意見聴取手続がなされていないというが、この手続の欠如についても、その効力要件でないことは、その法的性格からも明らかで、この点債権者の主張は理由がない。

3  以上のとおり債権者らの勤務形態が、時間外労働にあたるものでないことが明らかとなつたが、労基法三七条所定の深夜勤務に該当することは、当事者間に争いがないから、当然債務者は深夜手当を支払わねばならない。

(一)  そこで、その算出方法について、債務者は、債権者らが午後一〇時から午前五時までの深夜における実労働時間は、駅により異るが二時間半ないし四時間であるので、一律四時間として、労基法三七条所定の二割五分の割合により左記のとおり計算した金額を上廻る金五〇〇円として、支払つていることが疎明されている。

債権者蒲田、同岸本について

(二六八〇円+一五〇円)÷八=三五四円

(日給)(駅舎手当)(一日平均勤務時間)

三五四円×〇・二五×四=三五四円

債権者皆村、同古沢について

(三三五〇円+一五〇円)÷八=四三八円

四三八円×〇・二五×四=四三八円

従つて右計算方法によれば、現在債務者が債権者らに支給している一回の深夜手当五〇〇円は相当であるといわざるをえない。

(二)  しかし債権者らは、債務者がその社員により結成されている関西弘済整備株式会社労組との間に締結している労働協約およびこれをうけた夜間手当等の支払額に関する覚書により計算した金額を支払うべきであると主張する。

債権者ら主張の如き労働協約および覚書が存する疎明はあるが、労組法一七条により債権者らにも適用があるというには、同条所定の一事業場に常時使用されている同種労働者の四分の三以上が、同一労働協約の適用をうけていることが必要であるが、本件が右要件に該当するのかこれについての主張も疎明資料もない。かりに右要件が具備していたとしても債権者らは現在神戸合同労働組合という組合を結成しているとの疎明があるから、右覚書が必ずしもそのまま拡張適用されるとは限らない。即ち少数組合といえども自主性のあるものであれば、その団結権や団体交渉権を尊重しなければならず、多数組合の協約をそのまま拡張適用するのは、右権利を無視することとなるからである。もつとも該協約の規範的部分で少数組合に有利となるものであれば、拡張適用されるとの見解があるが、この見解によつても、右覚書の算出基礎が、昭和四九年四月現在の基本給、手当額によるので、果して債権者らにとつて前記計算より有利となるのか、比較した疎明資料がなく、いずれにしても債権者らの十分な疎明がないものといわざるをえない。

4  そうすると、債権者らが支払を求める時間外、深夜手当金は、いずれも認めることができず、その被保全権利について疎明がないものというべきであり、保証を立てさせて疎明に代えることも不相当であることが明白であつて、その余の点について判断するまでもなく、本件各申請を失当として却下することとする。よつて申請費用について、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 藤本清)

(別表省略)

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